〜 メグル様、降臨 〜
(ヒカル。ヒカルが僕の前以外で、あんな恰好をするなんて!)
純柴は冷や汗をかいていた。 あろうことか、あの氷室ヒカルがトランクス一枚の姿で座っている。 いや、よく見ると、純柴一郎、大空レイジ、萩原大介、サン=ウォルスも似たり寄ったりの姿だった。 げらげらと笑っているのはロッカク。こちらはほとんど着衣に乱れはない。 異様に真剣な彼らの視線の先には、赤い顔をしたメグルが片膝を立てって座っていた。 手元には、お酒の壜。
(くっそう。あんな姿見せたくないよ、僕は!)
「恐怖の女帝メグル様降臨…」 呟く雪野麻衣子はさっさとゴカクとコマキを連れて逃亡した口で、柱の陰から男子の様子をうかがっていた。
戦いが一段落した時の裏球は、平和すぎてすることがない。 戦闘訓練とか、パトロールなどやることは多いが、これは天候に左右されすぎる。 中学2年生の子供ばかりであるから、退屈は我慢できない。
もちろん、最初に遊ぼうぜ!と札を持ってきたのは、大空レイジであった。
「なあに?これ。トランプみたいね」 雪野麻衣子の言葉に、大空レイジはにかっと笑う。 「ピンポーン!裏球のトランプみたいなものだって、これ」 「どうやって遊ぶ?」 萩原大介がレイジの手元を覗き込む。 花札のような、トランプのような、色分けされた花が綺麗に描かれている。 絵柄の中央に数字が書かれているが、裏球の文字なので地球からの訪問者は判読できない。 「あら、花札ね?」 「はなふだ?」 まんまじゃないか、と一同内心突っ込み。 メグルがレイジから札を受け取った。 「裏球のトランプよ。この数字が『1』で、この数字が『5』でこれが『10』あとはローマ 数字みたいに組み合わせるの。だから『13』は『10』が1つと『1』が3つ」 「へえ。やっぱり札は15枚なんだ。ジョーカーはあるの?」 雪野の質問に、メグルはいいえと答えた。 「ないのよね。赤・黒・青・黄色の花の模様各15枚計60枚よ。外は雨だし、おばば様の占いにも危険はないと出ているし、みんなで遊びましょうか?」 「はい、はーい!俺大富豪がしたい!!!」 「え〜?これで大富豪?ま、いいか。こっちのゲームはまた今度にしようか」 メグルの言葉に、レイジが即賛成、ついで大介、麻衣子、ゴカクとコマキも賛成した。純柴は困ったよう顔をしながらも席を立つことはなく、部屋の片隅を見ている。 そこにはここのメンバー最大の問題児がいた。
「ヒカル、いっしょにやらない?」 純柴の声を、氷室ヒカルは無視した。 純柴は慣れているが、憤慨したのはレイジである。 「おい、氷室。せっかく純柴が誘ってるんだから、返事くらいしろよ!」 「いいよ。レイジ君。ヒカルがここにいるのも奇跡に近いんだから」
「そんなこと言って、こういうヤツはこうしちまえばいいんだよ!!」 大音響とともに登場したのはロッカクである。ヒカルの体を軽く猫の子みたいに摘み上げて小 脇に抱え、のしのしと歩いてみんなの側に近づく。 ヒカルはといえば、あまりのことに呆然としていた。 「あはは〜。ロッカク、それじゃあ氷室君がかわいそうだよ」 口ほどに心配していないらしいのが、タイヨウらしい。
「おらよっと。少しはおめえも人付き合いしろよな」 ロッカクがヒカルをとん、と床に降ろした。地に着いたばかりのヒカルの踵が、そのままロッカクを蹴りに行こうとした寸前。 「ヒカル君」 静かな声が、ヒカルの蹴りを急停止させた。
メグルが花札をシャッフルしながら、にこにことこちらを見た。 「いっしょに大富豪するわよね?」 有無を言わさないメグルに、ヒカルはどう出るのだろうと一同息を飲んだ。 「…………ああ」 ヒカルのいかにも渋々といった返事に、一同、どよめき。
「うへえ。嘘だろ、氷室ヒカルが大富豪を?」 大介の言葉に、ヒカルが鋭い視線で睨みつける。 「……こ、こわ……」
「えっと、何人いるのかしら。花札2組使った方が面白いわね。ゴカク君、持ってきてくれる」 メグルは淡々と仕切る。 「ああ」 ゴカクとコマキが部屋を出て行くと、メグルが簡単に裏球の数字について説明した。 「裏球では、一番小さい数字が最強なの。『1』は全てに優位なのよ。だからこのゲームも『1』 をジョーカーがわりに使います。で、最弱なのは『15』手持ちの札がなくなった人が勝利者よ。 今回は札を二組使うから、革命はなしね」 さらりとした説明に、レイジは疑問を投げかける。 「裏球の人たちもこの説明でわかるの?」 「私と何度も遊んでいるから、大丈夫よ、レイジ君」 「あ、そうなんだ。じゃ、やろ、やろ」
大富豪ゲームはなかなかスリリングだった。 地球組は数字に慣れなくて手間取るのと、最強が『2』ではなく『1』であるのに慣れなくてよく勘違いをしてしまった。熱くなりやすいレイジと大介が気合を入れながら頑張るのだが、この人数で一度大貧民になるとなかなか這い上がれない。 大富豪の地位は意外やロッカクであった。次はメグル。雪野も堅実に富豪をキープしている。 あとは、ヒカル、純柴、タイヨウ、ゴカク、コマキと順が入れ替わるくらいだった。
「だめだ〜!メグルさん、革命入れようよ。このままだと、俺、一生大貧民のままだあ」 レイジが悔しそうに叫ぶ。 「ふん。運も実力のうちだ。大空レイジ」 憎たらしい口をたたくのは、もちろんヒカル。 「うっせーよ。氷室、こんな時だけしゃべりやがって。お前だって平民じゃないかぁ!」 「………」
「がははは!いいぜぇ?レイジぃ。革命だろうが、なんだろうが、今日の俺は負ける気がしねぇ。メグル、革命入れてやろうぜ」 ロッカクの気前のよさは、連勝の気分のよさと旨い酒のせいである。 「じゃ、6枚揃えで革命ありにしましょう。革命ルール、わかるわよね?」 メグルがまたわかりやすく説明した。
革命とは平たく言うと、『1』なら『1』のカードを4枚の絵柄全て揃えた場合に最強カード が変更されるのである。地球ルールで言うならば、最強『2』が『3』へ。これを繰り返すと、 強いカードを持っている大富豪が不利になることがある。だから「革命」なのだ。 今回は人数が多いので、2組のカードを使っている。4枚ではそろう確率が高そうなので、全絵柄4枚プラス2枚で「革命」にした。 ゲーム再開。
「ロッカク、お酒少しくれるかな。なんか飲みたい気分なんだ。それ、甘い香りがする」 純柴のこの言葉が、全ての始まりだった。 やや疲れているのか、甘いものを欲しがる純柴だった。 「おお、見所があるな。お前、イケる口か?」 「喉を潤す程度になら」 純柴に杯を突き出すロッカクの手を、あわてて抑えた手があった。 「だめよ、ロッカク。未成年に飲酒なんてさせちゃ!」 メグルが止めるが、ロッカクはもうその気である。 「ああ?わたしも、だぁ(はぁと)純柴に飲ませたくないだけかぁ?メグルぅ」 「そんなこと言ってないじゃないの!」 「…あの、飲んでいいかな…」 純柴の言葉に、メグルはきっと睨んで杯を引っ手繰るようにして奪い去った。 「おお。飲めぇ。メグル。旨いぞ」 メグルは眉を顰めながらちらりと杯を舐めた。 ロッカクが飲んでいたのは蜂蜜から作った甘い酒。しかし、甘い味に反して、実は度数は意外に高い。 「あ、甘いのね」 「おお、もっと飲むかぁ」 「僕も、少しほしいな」 「これなら大丈夫かな、純柴君も」
ドラゴニックヘブン参加者が、全員その後の惨状を想像した…。 「あ、私疲れちゃったからもう寝るね。ゴカク君、コマキ君、さ、もう遅いから!!」 有無を言わさぬ迫力で、雪野は最年少の二人を追い立てるようにして席を立った。 「あ、雪野、ずるい…!!」 「雪野ぉ…!」 レイジと大介が腰を浮かせるが、雪野はできる限りの平静を保ってにっこり笑った。 「じゃ。おやすみなさい〜!」
何がなんだかわからないのが純柴とヒカル。 タイヨウは後日メグル様ご乱心事件を聞いていたので、困惑を隠せない表情で座っている。 ロッカクはただ面白がっているだけだ。 メグルが二杯、三杯と蜂蜜酒を飲み干す。 しばしの沈黙の後。
最強メグル様が降臨した。
「うらぁ!辛気臭い顔してないで、ゲーム続けるぞ!!」
呆然とする純柴とヒカル。 この二人の呆れ顔など、滅多に拝むことが出来ない。
タイヨウは頭を抱え、レイジと大介はさっさと逃げた雪野を恨んだ。
「だはははは!大貧民二人!!」 いきなり指を突きつけられたレイジと大介は、びくりと体を竦ませる。
「今度、負けたら一枚ずつ脱ぐことね」 「はい?」 異口同音に出た言葉に、メグルは据わった目を向けた。 「脱ぐといったら、服に決まってるだろ!大貧民は、脱ぎさらせ〜!」 「ひゃあああ!!」 悲鳴まで、揃った二人であった。 そんなご無体な、と言ってもメグル様は聞き入れない。
野球拳ならぬ大富豪脱ぎゲームになったとたん、大介がいきなりつきはじめた。 大貧民になって、大富豪に札を搾取されるばかりか服まで脱がされるとあっては、必要以上に真剣にならざるを得ない。 純柴は蜂蜜酒をちびちび舐めながら勝負にかけてるし、ロッカクは相変らず大富豪か富豪のまま、高みの見物。メグルも絶好調でロッカクと交代で大富豪の座についている。 大介とは反対につきが落ち始めたのは、ヒカルだった。
大介が富豪に近い場所に座る頃には、交代するように氷室が貧民の席に座っていた。 当然、いつもしっかりジッパーを上げているジャケットはなく、靴、靴下といった小物も奪い去られている。 レイジも似たような姿だった。
いつになく従順なヒカルであるが、これはもう、メグルに逆らったらどんな目にあうか、同じ施設で育った幼馴染の彼だけが知っているからである。 だからヒカルはここにいる間は、黙ってメグルに極力逆らわないようにしているのだ。 さっきもロッカクに蹴りを入れようとしてメグルに制止され、おとなしく言うことを聞いたもの同じ理由からである。
タイヨウはトレードマークのマントも剣を吊るすベルトも取られ、なんともシンプルな姿にされているし、大介もパーカを脱がされ上半身は裸だった。着ている枚数が多いほうが絶対に有利である。この場合。 純柴はまだTシャツとズボンが残っていて、今は平民の席にいるから大敗しない限りこれ以上脱ぐことはない。
7人でのゲームである。 大富豪が一席、富豪が一席、平民が三席、貧民が一席、大貧民が一席である。 そして、レイジが一度平民になったものの貧民の席に定着し、ヒカルが大貧民を指定席にしていた。 「ヒカル君、また負けね。さっさと、脱いだ脱いだ」
容赦ないメグルの言葉に、ヒカルは立ち上がって黙ってズボンを脱いだ。 すとん、とズボンが二本の足の間に落ちる。それを行儀悪く足で向こうへ蹴りながら、白くて長い足が無造作に胡座をかく。 ヒカルはもう、トランクス以外何も身につけてはいない。 眩しいものを見たように純柴が慌てて視線を逸らしたが、幸い誰にも気付かれなかったらしい。
意外にしっかりした体で、とにかく色が白い。 浅黒いレイジと並んでいるせいか、白さが特に目立つようだった。 純柴が酒に酔ったのか、しきりに赤い頬を押さえていた。
純柴の席からは、ヒカルの上半身をくまなく見ることができる。 やや薄い胸から、純柴がいつも戯れに口に含む、形の綺麗な淡い色の胸の突起、引き締まった腹。抱えると折れるのではないかと思う細い腰。 そして胡座を組んだ足の長さ。 その形が、夜の姿勢を思い出させて純柴は居たたまれない。 札を配るメグルの手を目で追う、しなやかな首の動き。 純柴は、我知らず生唾を飲んでいた。 何度も見ているヒカルの姿態であるが、それは二人っきりの時である。 ヒカルがTシャツを脱いだ時など、赤い痕が残っていないか純柴はびくびくものであった。
札が配られ、大富豪と大貧民、富豪と貧民で札の交換が行われる。 メグルとヒカル、ロッカクとレイジで交換が終った。 今度ヒカルが負けたら、トランクスも脱がざるを得ないのだ。 そこにいた誰もが落ち着かなかった。 いや、すでに酔っ払い親父となっているロッカクと大魔神様になっているメグルを除いて、だが。
運命の瞬間だった。 札の投げ方がめちゃくちゃだった純柴が上がり、レイジも上がる。 もちろん、純柴がめちゃくちゃな投げ方をしたのは、自分が最下位になるつもりであったのだが。 ヒカルは、また負けたのだ。 ふう、と軽く息をつき、ヒカルは立ち上がった。 全員がそのヒカルを目で追ったとき、ヒカルは無造作にトランクスに手をかけた。 意外に諦めがいいというか、思いきりがいいというか。 ほぼ全員が、まさかと見ていたその視線の先には、今まさにトランクスを下げようとしているヒカルの姿があった。
「だ、だめーーーーーーーっ!!」 絶叫と同時に、純柴がヒカルの手を押さえた。
押さえなかったら確実に下がっていただろうトランクスは、純柴の手で身に食い込むほどに引き上げられた。 「…おい、痛い!」 「あ、ごめん」 「こらあ、しゅみしば!なんれ、じゃまするのよ〜」 メグル様の非難にも、純柴は負けない。 「男の子、裸にしてどうするよ。メグルさん!」
「躍らせるに、決まってるじゃねぇかぁ!がはははは」 口を挟んだロッカクを睨みながら、純柴は頑としてヒカルのトランクスから手を離さない。 「ヒカルも人前で軽々しく下着脱がない!!そんな姿、見せないでよ」 純柴の怒りの矛先が、ヒカルに向けられた。 むっとしたようなヒカルに、純柴は気がつかなかった。 純柴の剣幕に驚く一同だが、ヒカルを全身で庇う純柴に呆れてもいた。
ぐいっと手を払われて純柴が驚くと、ヒカルは純柴のズボンに手をかけていた。 「純柴。そんなに気になるんなら、俺と同じ姿にしてやる」 勢いよく純柴のズボンが引き下げられた。 ……下着と一緒に。
一同、硬直。
すでに酔いつぶれて寝込んでしまったメグル様以外、全員が純柴一郎の全てを見てしまったのだった。
大魔神最強メグル様。
罪作りな人である。
<作品に対するコメント>
インタビューでコワイと書かれていたメグル様と、ヒカルと純柴がから
むとどうなるかな、とふと考えました。結果が、コレです。
〜 久瀬ましろ様 ANCIENT BLUE 〜
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