◆弔いの涙◆
雨の日になると思うんだ。 俺はどれだけの人の雨を降らせてきたのだろうと。
戦争に、この若さで参加していた子供たちの想いも。 戦争で友達や子供を亡くした人の想いも。
全て、この雨となって降っているのではないかと。
今日も雨だった。 最近は、じめじめとした日が続いている。地球ではそれを『梅雨』と呼ぶらしい。地球に降下したことなんて無かった俺にとっては、梅雨を迎えるのははじめてなわけなのだが。 プラントでは、雨が降る時間が決まっている。 だから、面倒であればその時間の外出を避けることもできるのだが、地球ではそうはいかなかった。
未だに『自然の雨』には慣れない。
「まぁた空見てる。」
後ろから呆れるような声が聞こえたので振り返ると、腰に両手を当てたカガリがそこには立っていた。 彼女とは、思えば地球に来てからの付き合いとなる。戦争も終わって、何をしようかとボーッとしていたところ、彼女に声をかけられたのだ。
―お前、どうせ暇だろ?戦争の後始末、手伝えよ。
何処か強引な言葉の奥にあるものに気付いて、口角をあげながら「ああ」と頷いた。 あの時の彼女の嬉しそうな表情は、今でも忘れられない。 オーブの娘という立場の動き難さが嫌だという彼女と共に、今は人があまり住んでいない郊外で暮らしている。 一緒に暮らし始めて、もう一年が経とうとしていた。 よく考えてみたら、その一年の中で雨の日に外を眺めていることは多い気がする。 彼女が何を言いたいのか、それもわかる気がする。
「本当…雨が好きなんだな、おまえ。」
半ば呆れるようなその声に、俺は首を横に振った。
「いや、好きなわけじゃ…」 「だって、雨の日はいつも外見てるだろ?」 「そうかもしれないが…」
何なんだよ、と言いたそうに口を尖らせる彼女に、俺は小さく笑ってからまた外に視線を移した。
「雨の日になると思うんだ。俺は、どれだけの人の雨を降らせて、悲しませてきたんだろう…って」
俺が本音を言うと、彼女は口を閉ざしてしまった。あまり話すべき内容ではなかったかもな、と苦笑する。 けれど、話しておきたくて。
「戦争が終わったことはわかっているさ。でも、何処かまだ…体がついてきていないというか」
できるだけ穏やかな表情をしているつもりだが、相手から見てそれがどうかは、自分にはわからない。 何も言わない彼女の代わりに、話を続ける。
「死んだ人の想いとか、その関係者の想いとか…それが雨になって降っているような気がしてならない」
妙なことを言っているのかもしれない。けれど、それは本音であり、俺が雨に対して持っている感情でもあった。嫉妬するような、羨むような、でも愛してしまいそうになる感情。 自然の雨にまだ慣れていないからかはわからない。
「そんなこと言ってたらキリがないじゃないか。そう考えても悪くはないと思う。でも、お前がそれでどうして…そんなに悲しそうになるんだ?」 「俺は…元軍人だから」
別に優しい言葉が欲しかったわけではない。だから、彼女の言葉に困惑してしまった。
「それがいいことだとか、悪いことだとか言えばいいのか?」 「そういうことじゃ…」 「雨が降るたびにそのことを考えなくてもいいと思うぞ。雨なんてしょっちゅう降る。キリがない」
彼女の言葉は、確かに合っているような気がした。わかっているけれど、それでも考えてしまうのは、俺の意志が弱いからだろうか。 彼女のように強い意志を持てば、俺もいつか「キリがない」と笑うことができるだろうか。 ひとつだけ言えることは、今の俺にはそんな強さは無いということ。
「…カガリは強いな」
だからそう言った。そうしたら、彼女は首をかしげて不思議がった。
「何が?」 「雨が降る度に、死んだ人の想いが雨になって降っているんじゃないか…って考える俺とは違うとこ」 「何だよそれ」
カガリが首を横に振る。それを見て、俺は思わず口元を緩ませて。
「俺が死んだ時に雨が降っていたら、カガリはどう思う?」
冗談だとは思わずに、うむ、と考え込んだカガリの顔をじっと見つめる。 そんなことを考えていると突然、カガリが俺の顔のすぐ前まで近づいてきた。
「おまえが死んだことで頭がいっぱいになっちゃって、雨なんて気にしてられるわけないだろ?」
真顔で彼女がそう答えるものだから、俺は思わず噴出してしまった。彼女は、俺が何故笑っているのかわかっていないらしく、目を大きく見開かせて驚く。そして直後に頬を赤く染めて「何がおかしいんだよ」と怒鳴る。 お決まりのパターン。でも、そのお決まりのパターンが心地良かった。
「ありがとう」
突然お礼を言ったものだから、彼女は更に不思議そうで。
そんな考えがあるなんて、思ってなかった。
彼女のことだから、予想外のことを答えてくるだろうとは思っていたが、まさかあんな答えが返ってくるなんて。
「俺は、カガリが死んだ時に雨が降っていたら、きっと晴れている時よりも泣いてしまうと思う。カガリも泣いてるんじゃないかって」
彼女は、こんな俺の戯言にも真面目に付き合ってくれるから、話しやすかった。きちんと聞き手になってくれるけど、聞いているばかりではないところが、新鮮で。
「カガリはそんな雨が気にならない。そんな回答があるなんて思わなかったんだ」 「私は思ったことをそのまま言っただけだ!」 「はは…わかってるよ」
ムキになった彼女の両肩に手を置いて、俺は微笑んだ。 雨が降る度に考えていたらキリが無いのは確かだし、気にしている必要は無いのかもしれない。
もう、戦争は終わったのだから。
涼しさ漂う窓辺で、俺はカガリに口付けをした。 まだ妙に慣れなくて、ぎこちないけれど。 慣れていない所為か、カガリは顔を真っ赤に染めて、俺もつられるように顔が熱くなったのを感じた。
時間が少し経ってから、彼女が口を開く。声は何処か控えめで。
「雨が死んだ人の想い…っていうのは嫌いじゃない」
それは、先程の回答の続きだった。
「アスランの考え方は好きだ。でも…それだと、その雨を止ますのも、その死んだ人だってことになるんだぞ?」
彼女は、笑っていた。 それを聞いて、一瞬目を丸くさせてから、俺も微笑み返す。 もし、俺の言ったとおり『死んだ人の想いやその関係者の想い』が雨となって降っているのだとしたら、その雨を止ませているのも、『死んだ人の想い』なのだと。 彼女の言葉は、俺に答えを与えてくれた。
ふと、窓の外が明るくなった。 雨が、いつの間にか止んでいた。
「ほら、アスラン」
カガリに外を指差された。 その先には、雨の姿どころか、雲ひとつ無かった。 俺の顔を覗き込むようにして、カガリが満足そうに笑顔を向けた。
「雨の日が来たら、絶対晴れる日が来る。違うか?」
死んだ人の想いも、いつかはこの空のように…。 俺はそう考えながら、現れた青い空に、精一杯の笑顔を見せた。
「…俺は…元気だからな」
presented by Nagito
Higuchi
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